icuniicuの長いツイート

どうも、@icuniicuと申す者です。Twitterに書きづらいツイートをもっと自由に呟きます。

何で人は笑うのか?(お笑い)

「何で人は笑うのか?」

大学でお笑いをやる機会があって、「何で人が笑うのか」 って考える機会が結構あった。だって「何で人が笑うのか」が分かれば、きっとお笑いを作るのって簡単じゃない⁈

 

安心した時に笑顔になる

笑顔は、安心した時に出る表情だと思う(他にも笑顔になる状況は色々あるけど)。そもそも人間が笑顔って表情を持ってるのは、他の人に「安心だよ」「安全だよ」って伝えるって役割もある。だから安心と笑顔って根本的に結びついているのではないか。この出発点から、「何で人が笑うのか」を考えてみる。

 

お笑いは人を安心させている

例えばボケとツッコミを考えると、ボケが訳の分からないことを言うのに対して、ツッコミがそれを正していくって流れが多いと思う。これはボケが意味不明なことを言ってお客さんを不安にさせる役割を持っていて、でも必ずそれをツッコミが「違うよ」って伝えて安心に変えるってことをしているって思える。

こう考えると、お化け屋敷と同じ構造なのかもなとも思う。「お化け屋敷は怖がらせるだけで、実際に危害を加えることはない」っていう安心要素があって、でも怖がらさせられて、っていう安心と恐怖がいったり来たりするから楽しいんだと思う。だって「死ぬかもしれないお化け屋敷」っていうのを考えた時、いくらスリルを感じたいからといっても突入しないでしょ。みんな真顔で入場を断ると思う。ジェットコースターやバンジージャンプも似たようなことだと思う。

 

内輪ネタの方が安心して見れる

例えば「うんこ漏らした」って話を面白くするってことを考えた時、よく知っている人が話していると面白いけど、全く知らない人が話してると全然面白くないってことがあると思う。これはよく知っている安心する人が話す場合、不安と安心がいったり来たりできてワクワクできる。一方全く知らない人が話していると「うんこを漏らすって、え?この人ガチでヤバイ人なのかもしれない...」ってなって、あまり安心して聞くことができないって理由が考えられる。

内輪ネタが面白いのはそういう事情もあると思う。内輪だと、みんな知ってる人だから、安心して笑いやすいんじゃないかと。

 

お笑いの雰囲気自体に安心させる力がある

以前コントを作った時、演劇っぽく演技してしまったことがある。その時「演技がガチすぎて笑えない」ってコメントを貰った。お笑いっぽい雰囲気を作った上でコントをやらないと、お客さんが安心して笑えないんだろうな~と思う。

 

それとはちょっと違うけど、他のお客さんが大爆笑していると、自分も笑いやすいってことがある。これは他のお客さんが笑ってると「あ、これはお笑いなんだ、冗談なんだ!」って分かって安心できるからだと思う。「え、冗談なの?それともガチで言ってんの?」って戸惑いの雰囲気では笑いづらいし。

 

もっと沢山の要素からお笑いが作られていると思うんだけど、「安心」ってことから考え始めるのも1つの方法かもしれない。

 

まとめ

不安な状況が解消されると、安心して笑顔になる。お笑いでも不安な状況をわざと作って、それを必ず解消されるようにして笑顔をつくっているのでは?

その時に、ちゃんと安心してもらえる雰囲気を用意しておかないと「ヤバイ奴じゃん」って思われるだけ。

この記事では「安心する」って要素に焦点を当てて考えたけど、逆にお客さんを「不安にさせる」って要素もお笑いには必要だってことで、そこについては全然考えを深められなかった。

 

でも理屈を考えても面白い人にはなれないと思う

最近感じるのは、実はそんなことを考えたところで面白いお笑いのネタは作れないということ。例えば音楽理論をガッツリ学んだとしても、良い曲は書けないと思うし、体育を学んだとしても、良いアスリートになれるとは限らないみたいなことで。

理論なんか考えずに、「暑は夏いね~」「いや、逆!」って実際に言ってみたりすることの方が成長の近道な気がする。理論に裏付けされてなくても「なんかこのボケダサいよね」「なんか笑えるよね」「面白いけど、パンチが足りない」みたいなセンスを磨く方が重要なんだろうなと思う。

それが分かっていても、何でお笑いで笑っちゃうんだろうとはずっと考えちゃう。