icuniicuの長いツイート

どうも、@icuniicuと申す者です。Twitterに書きづらいツイートをもっと自由に呟きます。

tofubeatsのインタビュー記事を漁った

tofubeats氏の言葉をスクラップしたくなった。なるべく前後の文脈が分からなくても理解できるようにしたいと思う。

僕はYouTubeSoundCloudに上がっているtofubeats氏の曲を漠然と聴いているだけで、ちゃんとアルバムを買ったりはしていない。インタビュー記事の前後関係とかがおかしかったり、僕の理解できない箇所は省いてしまったりしている。目次もそこまで正確ではない。

また時間が経ったら編集しなおそうと思う。

 

tofubeatsSoundCloud

soundcloud.com

 

アルバム『FANTASY CLUB』(May 23, 2017)より

 

音楽を「愛好」し続けたい

fnmnl.tv

僕って人から見られるのが苦手なんですよ。自分が見てるものを大事にしてる。人から見られてたら、僕は天然なんで面白いところもあるかもしれないですけど、僕は自分の見てるものが大事なんですね。

 これは中田ヤスタカさんに言われたことなんですけど、歌詞を書くのに時間がかかるって話になって、「めっちゃ時間かかりますね」って言ったら、「それは自分で歌うからだよ」って言わたんですよ。あ、確かになって思って、他人が歌う曲って、その人が何を考えてるかは最終的にはわからないのでパッと書けるんですけど、自分が歌うものであんまり嘘をつくのが嫌だなって。

 高揚感っぽいもので、高揚感を出すのは簡単だと思っていて、そうじゃないので良いって思わせたい。シカゴ・ハウスが僕はまさにそうだと思っていて。それこそPierre's Fantasy Clubの曲は派手じゃないけど、めっちゃ派手に聴こえてくる。そういうのがかっこいいなって。

 僕はクラブでブブゼラ吹くみたいなのは求めてなくて、家でしみじみ聴いてもらって、コンビニ行くか位の高揚感だと思うんで、それを味わってもらえたらいいなっていうのはありますね。

 僕は「アシッド・ハウスって聴いたことある?」って人から教えてもらったんですよ。Traxのコンピを頂いて、そこに入ってたんですよ。まだクラブ行ける歳じゃなかったんで、クラブで与えられて聴いたんじゃなくて、自分でそれを聴いて、どう処理するかっていうのがあるじゃないですか。いきなりこれを聴いてどうしようって考えるのが、僕にとって音楽を聴いてて、いい瞬間というか。それも高揚感だと思うんですよね。良いとか悪いとかじゃなくて、この曲を聴いておれはどうしようってなる。それが家で聴いてて面白いことだなって。

 自分の一番の目標はどういう形であっても続けることで、死ぬまで音楽を愛好できるのがゴールで、愛好することの1つが作ることなんで、売れなかったら寂しいけど、自分がやりたいことがまじで売れないことだったら仕方がない。

 (自分の立ち位置が)どっちにいるかもわからないし、どっちにも行こうと思ってないみたいな(笑)やっぱりわからないんですよね。でもわからないっていうことは自分の場所にいるわけじゃないですか。

 

全部自分でやりたい

www.cdjournal.com

自分の曲は基本的に日記的な色彩が濃いので、思ったことを曲にして置いといて、後から聴いて楽しむというのが基本的なスタイルです。曲にするとわかるんですよ、あぁこのときはこんなこと考えてたのか、って。あと、アルバムを作るときは必ず過去作を全部聴きます。自分の言ってることを復習して、あんまり齟齬がないように作りたいっていうのもあって。

 データのほうがいいって言う人もいれば、CDやレコードのほうがいいって言う人もいる。気持ちはわかるけどレコードも物によっては音悪いやん、って僕は思いますけど、でもレコード買ってるし。そういうアンビヴァレントなことっていっぱいあって、そこからみんな主観で選んでるのがポスト・トゥルースってことだと思うんですよね。

ポストトゥルースとは - コトバンク

 ポスト‐トゥルース(post truth)
《「真実後、脱真実」の意》世論の形成において、客観的事実よりも感情的・個人的な意見のほうがより強い影響力をもつこと。受け入れがたい真実よりも個人の信念に合う虚偽が選択される状況をいう。ポスト真実
[補説]2016年、英国のEU離脱決定や米国のトランプ大統領就任に関して多く用いられ、広まった語。

特定のことばっかり言うようになったら、その期待に応えるだけの機械みたいになってしまうんじゃないかと。それよりも今の雰囲気とか気分を的確に形にできるほうがいいし、それは最低限できてないと、自分的にはよくないなって思いますね

なんで任せたくないんやろ……って考えたら、愛着やったんですよ。インターネットで始めた人って全員、スタートはひとりなんです。ひとりじゃなくなることって全部“任せる”作業なんで、甘えとか放棄と思ってしまうんですよ。僕がウェブサイトをメジャー・デビューしてもひとに任せないのは、任せたくないからなんです。それはぶっちゃけマイナスの点と言ってもいいんですけど、そもそも分担の概念がなくて、自分でやらないと手柄だと感じられない。それは我々世代の、これから表面化していく問題なんじゃないかと思いますね(笑)

 

tofubeatsの日常

やりたいようにやる

あの人の音楽が生まれる部屋 Vol.15 tofubeats - コラム : CINRA.NET

「何事にも深くコミットしたくない。退路を保っておきたい」という気持ちは常にありますね。「嫌になったらやめたらいい」って思っていれば気持ちも楽じゃないですか。

トラックメイカーって、程度の差こそあれ、一度は体調壊す方が多いんですよね……1人で音楽やっていると神経をやられちゃうのか、そもそも神経が細い人間だからこそ、1人で音楽を作っているのか……。どっちが先か分からないですけど。

 あまりにアーティストのパーソナルが強過ぎる音楽って、聴き手の「容れ物」にはなれないからダメだと思うんですよね。世に出す以上は人に聴いてもらうことが前提ですし、それを抜きには考えられない。だから(中略)「ちょっと自分の匂いが濃過ぎるな」と思ったら、薄める作業もしてました。

 「人生は終わるからいい」っていう気持ちはありますね。僕は「カーテンコール」とか「エンドロール」が好きなんですよ。

 ストレスをなるべく少なくして、やりたいことをやりたいタイミングでやりたいようにやっていければいいなと思います。時代や状況に合わせて臨機応変にやっていきたいし、何より楽しくやれる場にいたい。(中略)僕が売れるということは、僕に音楽を教えてくれた人たちが間違ってなかったっていうことですからね。そのために、やっぱりちゃんと売れたいですよね。

 

音楽業界について

無料で配信する方が良いのかもしれない?

www.billboard-japan.com

世の中には、「CDは買わないけど無料だったら聴こうかな」っていう人もいると思いますし、無料でアップされている音源があったとしても買う人もいると思います。おそらく、CDを買う人は、YouTubeで聴けたとしても買うと思うので、それであれば、CDがなくても聴ければ良いやって思う人にも、聴いてもらった方が、全体の接触回数が増えて得なんじゃないかなと思っています。

今って、無料でアップしなくても、結局 違法なサイトにアップされてしまう場合もあるじゃないですか。そっちにアクセスされるくらいだったら、自分でアップして、自分のサイトのアクセスに繋げる方が得かなとも思っています。

インターネットでのバズマーケティングって、大量にばらまいて誰もがぶつかるようにしたり、奇をてらったり、倫理的にギリギリのラインを攻めたり、色んなやり方がありますよね。そういうマーケティングが、これから音楽業界でも増えていくのかなと思っています。そういう意味で、今は転換期だとは思うので、これからどこに重心を置いていくのか、僕自身も考えているところです。

僕は、サブスクリプション型音楽ストリーミングサービスが、まだあんまり得意じゃないんです。本屋と図書館って、置いている本が同じでも気分が違いますよね。本屋は、自分でお金を払わないといけないから、ワクワク感があると思うんです。サブスクリプション型音楽ストリーミングサービスは、書店的な興奮が感じられなくて、図書館にいるような気持ちになる。

お金と価値って関係があると思うんですよね。人間ってある程度払わないと興奮できないんじゃないかなあ。

 でも、たしかに無料で聴けるのに「お金を払え」って強制するのも、おかしい話だとも思うんですよね。

本当は無料の方が良いのかもしれないとも思います。これからは音楽も、盆栽や陶芸のように、プロでできる人はすごく少なくって、趣味でやっている人の方が多い業界になっていくのかなとも思います。

個人的には、他に仕事をしている方が、(音楽的に)遊びも、できるんじゃないかなと思っています。だから、僕もたまに文章書いたり、他のこともやるようにしています。

 Billboardのチャートだって、チャートの順位と、自分が好きな曲順って、誰にとっても全然違うじゃないですか。だから、YouTubeの再生回数や、売上の数字についても「 そうか、世の中の人はこう思っているのか」という程度に、捉えるようにしています。

純度が高い(無料配信サイトで聴いている人が、実際に商品を購入する可能性が高いという意味)っていうのは、逆にいうとエンドユーザーに広がってないってことですから、良い意味と悪い意味の両側面があるかなと思います。テレビ等でたくさん流れると、CDを買う気がなくても、とりあえず気になってYouTubeで聴いてみるでしょうし。

メジャーデビューについて

pc.kyoto-seika.ac.jp

グレーゾーンな音源、勝手にリミックスしたものだったりを当時YouTubeとかにアップしていて。YouTubeもまだ今ほど厳しい時代ではなかったので、そういうのをアップして、本人が検索したら自分の曲のリミックスが出てきて「なんだこいつ」みたいな。そういうところから話がくるようになって、そこからある大手メジャーレーベルの育成部門から声が掛かって、仕事するようになった

やっぱ世の中の見られ方って、意外とそういう肩書きで見られるっていうのはある。だから、就職とか会社とか大学でもそうですけど、意外と世の中のそういう部分があるのは肌身で感じていまして、やっぱりここまでやっていたんだったら一回メジャーデビューしたいなっていうのはすごくありました。実際してみて、プロとしての肩書きがついたっていうだけで変わったということはいっぱいあるという風に思いますね。

 

pc.kyoto-seika.ac.jp

最近は、曲によって、背景は違うけど、自分のロゴが大きく入っているジャケットが多いですよね。自分の物に「タグ付け」をするということは、本当に大事で、ネットで音楽をやっていく上で、絶対にやらなくてはいけないことだと思っています。

インターネットはCD発売よりも、タイミングが重要になってきます。Maltine Recordsのヘッドのtomadは、「良い曲かどうかってものの半分は今やタイミングだ」とよく言っています。良い曲を作ることは前提にあるのですけど、それをいつ出すかが良い曲を作ることと同じくらい大事になってきています。

SoundCloudは今、メジャーレーベルと契約条件で揉めています。今あるサービスも、2、3年後にはどれが残ってるかなんて分かりません。そういうのも込みで、泳いでいってもらいたいです。

 

 

音楽のちょっと専門的なインタビュー

ヒップホップのサンプリングから始めた音楽活動

media.miroc.co.jp

ヒップ・ホップをやりたいと思って調べてみたら、サンプラーが2万5千円くらいで買えることがわかったんです。「英検準2級に受かったらサンプラーを買ってくれ。」と親にお願いして、中2で合格して買ってもらったのがKORG ELECTRIBE ES-1です。以降、トラック作りを続け、サイトに音源をアップしてました。

サンプリング - Wikipedia

過去の曲や音源の一部を引用し、再構築して新たな楽曲を製作する音楽製作法・表現技法のこと。または楽器音や自然界の音をサンプラーで録音し、楽曲の中に組み入れることである。

機械で作ったグルーブに惹かれるんですが、考えてみたら、生まれてから聞いてる量が、生音の音楽より打ち込みの方が多いし、それが、僕にとって自然なんですよね。

お金をもらうようになると、一定の責任が生じるので、そういった意味からDAW環境に移ったというのもあります。権利問題が絡んでくるので、サンプリングなしに作らなきゃいけないパターンが出てくるからです。以降、沢山のリミックスの依頼を頂くようになりました。

リミックスとは - コトバンク

録音された楽曲を素材としてさまざまな音響操作を加え、新たな音楽に再構成すること。一般にマルチトラック・テープ(複数の独立した録音トラックを持つテープ)に録音された各々のパートに対してミキシング処理(他のサウンドを混ぜること)、イコライジング(特定の周波数を強調または低減させること)、ミュート(特定のパートの音量を下げること)、エフェクト(サウンドの遅延や残響、歪みなどの特殊効果)を加え、あるいは新たな素材を加えたり減らしたりして、元の楽曲とは別のサウンドをもつ新たな楽曲を作成する作業を指す。

僕はヘッドフォンしながらめっちゃ踊って作ってるんですよ。ヘッドフォンだったら位相も変わらないし。ハイエンドな環境でモニタリングすると、ユーザーの環境と離れちゃうから、スタジオでラージで鳴らすのが嫌いなんです。

スピーカーを使うと「スピーカーから直接聞こえる音」と「壁に反射してから聞こえる音」の両方が聞こえてしまう。その結果、直接聞こえる音と反射して聞こえる音の間で波が強め合ったり打ち消し合ってしまう。ヘッドフォンならその心配がほとんどないということを言っているんだと思います。

ハイエンドとは「とても良い」という意味だと思われます。

僕が所属してたマルチネレコードの20代前半のクリエーターは、ネットを舞台に、お金とか関係なく、ピュアな気持ちでずっと音楽を作ってたんです。でもある時から、それまでと同じ事やってるだけなのにお金をもらえるようになり、ラッキーな世代とも言えますが。ネットから音楽を始められたおかげで、「音楽を作りたい。」という気持ちの本質的な部分を経験できたと思っています。だから冷静に、人の評価と自分の本当の実力を切り分けて判断しなければいけないと思ってます。

SoundCloudから流れてくるのは、洋楽と言ってもそれがアメリカなのかヨーロッパなのか分んないまま、みんな聞いてるし、トラック作ってるクリエーターも、わざわざ自分の国籍を明かすこともなかったりして。僕のSoundCloudの再生数の3分の1はアメリカです。だから海外の人も、結構J-POPの曲を聞いてくれてると思います。正直、洋楽/邦楽の区別って意識してないですね。

 

 

 メジャーデビュー前後、tofubeatsの成長

pc.kyoto-seika.ac.jp

 

やっぱりメジャーでやるにあったっては、CDが売れなければ結構マジな話クビになってしまいます。(中略)だからメジャーデビューが勉強するいいキッカケになりました。

「ディスコの神様」は出音とか、ミックスダウンとかも込みですごいJ-POPをつくろうと思いました。「ディスコの神様」は本当にJ-POPのソングライティングを勉強して実践するっていうのが一つのテーマでした。

「ディスコの神様」にはプログレッションがあります。転調もあってコード進行がちゃんとしてるんですよね。

プログレッションはコード進行のことだと思います。

 J-POPに関しては参照するものが多いので勉強しやすいですよね。

 (勉強について)チュートリアルを見る、本を買ってみるとかですね。結構ちゃんと普通に。プログレッションに関しては普通に本を買いましたね。

鳴らしてみたり、自分の曲のハーモナイズをしてみたりとか、結構ベタなことです。ビートの勉強はマネしてみるか、楽譜に書くのが一番いいですけど。

(ビートの勉強について、楽譜に書くのはパターンを捉える勉強ということになるのだが、)パターンを捉えてからグルーヴを後で。ピアノロールとかに、まずピッタリのグリッドで打ち込んでみると、同じにならない。なんで同じにならないのかを後から調べていくっていうことですね。どこがどうズレているのかとか。リズムに関しては多分人よりもやっている自信があって、特にハイハットとかはすごい研究しているので、そこら辺とかはしっかりやっていますね。

最初はもちろん感覚的に作るんですけど。たとえるなら曲作りをするというのは、積み木ではなく、木から仏像みたいなのを切り出していく、熊を掘るみたいな方に近いですね。まず全体像をざっくり作ってから、ディテールを詰めていくっていう方が近いと思ってて。Aメロ→Bメロ→サビという流れとかをざっくり作った後に、例えば細かいフィルだったりとか、コード進行のちょっとした変更だったりとか、最後の転調足してみるとか、リズムパターンを変えてみる、ドラムを差し替える、ベースを生にしてみる、ハードのシンセにしてみるとか。そういうところが結構大事なんじゃないかなって僕は思ってますね。

(リミックスについて)もともと完成されたJ-POPのデータがパラで届いて、そこから声だけ抜き出して、いかに自分の曲っぽくするかっていう。原曲を尊重しつつ、どういう風にするかみたいなところがあったので。リミックスとかは結構そういうのがありますよね。

ポップスを書くということは。やっぱり間口を広げるということは、本当に難しいことで。100人に受けるものを作るのと違う、1000人に受けるものを作る難しさというのは本当にあると思います。

あとはタイミングとかもあって。それは何かというと、メジャーレーベルの宣伝の都合とかがあるんです。例えば締め切り。「完パケ」と言いますが、僕が音源を完成させて、そこからその音源がリリースされるまで、メジャーだとだいたい1ヶ月半ぐらい見とくんですけども、その期間が短いと、レコード会社とかが営業する期間が短くなるわけです。そうなるとCD屋とかの発注する数が減るわけですよね。展開も小さくなる。そんなことで売り上げって変わってしまうんですよね。あとはちょっとした、テレビに出る出ないとかいうこともそうですけど。

 

J-POPは0.5秒を切り取る

pc.kyoto-seika.ac.jp

 

歌詞に関してはすごく意識して書いているというわけではないんですけど、音楽以外のことについて触れたくないという基本姿勢はあります。何かを言っているようで本当はあんまり何も言っていない方が曲としては受け皿になると思うんです。

Seiho(sugar’s campaign)という知人がいまして、彼の「I Feel Rave」という曲があるんですが、彼のその曲はセックスをテーマに作ったんですよ。でも展開が増え過ぎてしまってまとまりがなくなった。どうすればスッキリするか考えていたら、「キスする前の一瞬の0.5秒ぐらいを5分の曲にしよう」と思いついて作ったら曲になったみたいで。その話がすごい好きなんですよ。でもJ−POPっていうのはそういうことですよね。

今回のアルバムの「衣替え」でも、衣替えをしようと思う瞬間は一瞬で、それを引き延ばすことによっていろんな解釈が生まれてくる。衣替えの曲とも恋愛の曲とも読み取れるみたいな。歌詞に関してはそういう姿勢がありますね。だから逆に言うと、0.5秒くらいを切り取ることによって大きな思想が生まれないし、それがいろんな人の何かの受け皿になる感じはします。「ディスコの神様」も何か言っているようで何も言ってないし、どこにも行ってない。それがJ−POPではないかと思います。

そういう一瞬の気持ちが音楽全体に繋がっていくのが作詞の面白さですね。自分が「あ!」と思う感覚を引き延ばしていくからこそ、いろんな人がどう解釈してもいいし自分がどう思われてもいい。あんまり思い入れがあることを歌詞にしてしまうと、違う解釈をされた時辛いんですよ。

それで言うと、「朝が来るまで終わる事のないダンスを」は思い入れのあるメッセージソングとして作ったんです。でも実際は風営法の運動に使われてしまったりして、すごく不本意だったという経験をして、そこで勉強しましたね。そういうのはもうやめようと思いました。J-POPを本格的に作り始めたのもそれが大きいかもしれないです。これからは自分の手を離れてもいい音楽を作っていきたいですね。