icuniicuの長いツイート

どうも、@icuniicuと申す者です。Twitterに書きづらいツイートをもっと自由に呟きます。

「1度に1つのことにしか情熱を注げない」という欠陥

欠陥「1度に1つのことにしか情熱を注げない」

 

「昨日まで〇〇が好きだったのに、今日から急に△△へ推し変した」

という、よくありそうな文章。ここに欠陥があると思い始めた。

1度に1つのことにしか情熱を注げないのはとても不便だ。

 

よくある悲しいサラリーマンの例

僕がサラリーマンで、しかも家庭内で働いている人は僕しかいないとする。

ある日、家庭の人から「仕事と家庭はどちらが大切か?」という質問を受けた。「もちろん家庭だ。家庭を成り立たせるための手段として仕事をしているだけだ」と答えたいところだ。

しかしここに解決できない問題がある。

「1つのことにしか集中することができないとしたら、仕事と家庭、どちらに集中するべきか」という問題だ

いや、どちらの選択をしたとしても、家庭をちゃんと満足させることはできない。

 

本来は「両方選んだ上で、どうバランスすればいいか?」というところに焦点を当てないといけないのに、「どちらを選ぶか?」というところに焦点が当たってしまう。

  

まとめ

この欠陥について、解決策はあるのか?

 

話を逸らした

話はそれるが、今読んでいる本「HARD THINGS」(ベン・ホロウィッツ著)の中で、好きな場面がある。仕事一辺倒で家庭を疎かにしている主人公に、父親がこのように言った。

「お前、何が安い買い物かしっているか?」

父が何を言おうとしているのか見当がつかず、私は「分からないよ。何だい?」と答えた。

「花さ。花は全くお買い得だ。それに引き換え、おそろしく高くつくものは何だと思う?」

私はこれにも分からないと答えた。

「離婚だ」と父は言った。

このジョークは実際のところ、ジョークではなかった。私はこのままでは時間切れになってしまうのを思い知らされた。

仕事と家庭、両方を上手くできると思って結婚した。最初の数年はそれでいいかもしれない。仕事と家庭の時間配分に対しても見通しが立つだろう。しかし転職、会社の倒産などに始まり、子供の誕生、身内の訃報などのイベントによって、最初に立てた時間配分は意味をなさないものになってしまう。イベントの度、(どんなに忙しくても)その時間配分を見直し、しかも仕事と家庭を両立させ続けなくてはならない。

「HARD THINGS」は、短期的な利益があるような行動が、長期的に見て負債に変わらないか注意深くチェックするよう教えている。読んでいて、とても面白い本だと思った。